昭和49年03月13日 朝の御理解



 御理解 第1節
 「今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ」

 昨夜遅うあのテレビのニュースを見せて頂いとりましたら、小野田元少尉の事でもう一杯でしたが、あれは何とか三国何とかと言う人の司会で、小野田さんとそれから去年帰られたですね。あの横田庄一さんですかとを何かこう対比する様にして、色々な話があっておりました。それで横田さん所へ電話をかけてま色々あの此の度の、小野田さんのですかの帰還をどう言う風に感じられますかと言う様な質問を致したおりました。
 それに横田さんが同じですとまあ繰り返しその事を、まあ言うておられましたですね。只自分はいち兵卒、あちらは中野学校ですかね、で特別な特殊な教育まで受けられた、所謂本当の兵隊だと。だからそこが違うだけで、あのまあ二十八年間も、また小野田さんは三十年間も、所謂あのジャングルの中で、こう生き抜いたと言う事。その事は同じだと言う様な事を繰り返し言っておられて、その私が横田さんの話を聞きながら思ったんですけれども、横田さんの場合は只もうがむしゃらに。
 言うなら生への執着とでも申しましょうかね。何が何でも生き抜かなければならないという、只それだけでまあ生きて来られたと。もうその精神力たるや私はあのね大したもんだと思いますけれども、他になんにも無かったと言う事ですよ。私は其処が違うと大体は聞きながら思うたですね。横田さん自身は同んなじだと言っておられますけれどもね。そすと小野田少尉の場合はあの勿論その生への執着も、勿論の事でしょうけれども30年間も一貫しておったものは、所謂その命令というか所謂侍精神と言うかね。
 所謂軍人精神をその貫こうとされたと言う所。そこに一つの生きる支えと言う物が、別にあったと言う事。30年間経たれても、所謂お母さんから出征する時に、送られておった短刀が、まだびがびが光っておったそうですし、勿論日本刀も銃だってやっぱりそうだったと。言うならばその軍人精神が、その支えになっておった。只がむしゃらに生きると言う、生への執着だけではなかったと言う事。それにはあのだから堂々とした生き方と言う物がね。同じじゃなかった。
 そこに只もうがむしゃらに生きなければならない。何とかして生き延びねばならないという、其処は同じでしょうけれども、その小野田少尉の場合は、それにもう一つ所謂軍人精神と言う物の支えと言う物がです、貫いておったと言う風に私は感じたんです。ね。その生き甲斐への、一つの支えと言う物がね、あったと言う事です。私は今日のこの「今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ」と言う御理解を、私共が信心しておるから、目が覚めたとは言えないと思うです。ね。
 おかげを頂くから信心しておる、お参りをしておると言うのであっては、只ほんならがむしゃらに生への執着で、横田さんが生きられた様にですね。一生只信心すりゃおかげが受けられる。神様ちゃ有難いもんだと言う程度の事だけしか分からない。それは本当の開眼ではないと思う。ね。所謂根本的な所に、私はあの焦点が置かれる事が信心だと解った時に、初めて天地の開ける音を聞いて目を覚ましたのではない。天地の親神様の願いを、そこに聞いてその願いに応える生涯でありたいそう言う事なんです。
 ただ自分がおかげを頂くと言う事、お願いをして、おかげを頂くと言う事。御利益を受けると言う事。いわゆる自分を中心と言う事ではなくてね。言うなら神様が中心になって来る信心とは、ね。そこん所が分からして頂いての、精進であり信心であって、初めて天地の開ける音。所謂天地の親神様の心が分かって、心に沿い奉ろうと言う事が、信心だと言う風に分かって、信心をするとしないとは、それは横田さんは同じだ、同じだと何遍も、言うておられましたけれども、聞きながら違うとこう思うたんです。
 その違いをです。片一方は同じ軍人であっても、その自分でも言っておられた様に、その本当の軍人としての、精神を叩き込まれたと言う所まで行ってなかった。片一方はその、軍人精神を叩き込んだだけではなくて、所謂命令で残った。それでその例え山下法軍さんが、言われても自分は帰らない。自分の直属上官である所の、命令に従わなければならないと言う様な、ね。頑固といや頑固ですけれども、そういう精神が言わば中野学校時代に叩き込まれておられた。ね。
 それが三十年間ほんなら、小野田さんを支えて来た物であった。ね。それはやはりジャングルの中での、孤独との戦いですから、そらもう大変な事であったと。是は同じ事です。横田さんも小野田さんも同じ事だと思うです。同んなじだ同じだと言われる様に、やっぱ、同んなじなんだ。けども同じその、孤独と戦うと言うてもです。ね。言うならその命令を実行しておると言う、ね。いわゆる軍人精神と言う物が、小野田さんの場合には、何時も生きる只執着だけではなくて、その支えがあったと言う事。
 信心をさせて頂いておってもです。只ほんならおかげ、おかげで終始する信心からです。ね。神様のお心に対して、言うならば自分のご利益中心と言う事は、自分中心と言う事でしょうけれども、ね。神様のお心を対した時に、ね。それが解らせて頂いた時に、初めて天地の開ける音を聞いて、目を覚ましたのじゃなかろうか。神様の、天地の親神様の切なる願いの声が聞こえて来た。その時はっと目が覚めたと言うのがです。私は天地の開ける音で目を覚ましたと言う時じゃないかと、こう言う風に思うです。
 だから同じ信心をしておっても、その信心のその焦点というか、ね。又是は信心のない人の場合でも言えますよね。何処に焦点を置いて生きておるかという事です。ね。それはそれそれに、矢張り生き甲斐と言う物を持っておりましょう。その生き甲斐たるや、そのどう言う事を、その生き甲斐としておるかと言う事。そんならこの信心させて頂く者の上にでも、ほんなら今言うおかげだけで終始する信者、ね。または信心そのものを焦点とする信者。ね。それをならば自分を中心にした信心。
 神様を中心にした信心。どうでしょうか皆さん方。神様を中心にした所の信心。いわゆる神様本意の信心。その向こうに期せずしてです。氏子が神様任せなら、神様も氏子任せになると仰せられますからと言う、三代金光様のお言葉が、はっきりして来る訳です。氏子が、神様任せなら、神様も氏子任せになられます。所謂氏子が神様本意ならです。今度は神様の方が氏子本位の働きを見せて下さる事になるです。ね。
 久留米の初代の石橋先生は、ね。人間の一握りと言うたら、是だけだけれども、神様の一握りと言うのは、どれだけあるか分からん。同じ一握りであっても、神様のための一握りである私共は。そすと神様は今度は氏子の為の一握り下さる。なら神様の方の一握りと言うのは、もう限りがないち言うのです。ね。そこで愈々信心を解らなければならないと言う事は、神様の心を本当に分からなければならんと言う事になります。ね。神様の心が分からせて貰うて、神様本位で行こうという決心。
 もう自分のために生きるのではない。ね。その上官の命令遂行の為に、生きておるんだというね。いうなら大義名分と言った様な物が、そこに支えになっておる。小野田さんの場合なんかは。横田さんの場合は、ただ何が何でも生きなければという、いうなら生への執着だけしかないと言う感じです。皆さんどう感じられたでしょうかね。そこに例えば三十年経っての、その同じ例えばそれで昨日は、横田さんが盛んに言ってる。もうその英雄視世界中から、そういう見方をされて賞賛されて見えた訳です。
 ところが自分の場合、英雄じゃありません。私は英雄じゃありませんと言う事を、盛んに言うておられましたね。そう言う場に飛ばされたらね。私共でもどちらかをやっぱり、たどるでしょうね。けどもその軍人精神と言う物を叩き込まれておると言う事。今日は私は其処の所を、信心にこう置き換えて聞いて頂いておる訳ですけれどもですね。言うなら合楽精神と言う物をです。ね。私が皆さんにこうして叩き込んでおる訳ですね。叩き込んでも、叩き込んでも、それをいうならば、叩き込まれない。
 ただおかげという事だけから一歩も出ないとするならです。是は悲しい事です。神様は願われ役。私共は、願い役とさえ仰るのですからね。もう本当に願うという事は、神様も喜んで下さることです。けれどもその根本のところを分からせていただいての願いでなからなければならないと言う事ですね。言うならば同じ願いであっても、公儀名分が、ね。言うならそう言う一つの、筋金とが、お互いの信心の中に、一本しゃんと立っとかなきゃならないと言う事です。
 そこからおのずと信心の姿勢と言うものが変わって来ると思うです。同じお参りをすると言うても、お参りの所謂姿勢が変わって来ると思うんです。私は天地の開ける音を聞いて、目を覚ませと云う事は、信心をして居るから、信心の開眼が出来とるとは言われないと思うです。ね。御道の信心を頂いてです。そして。神様の願いというか、神様の思いというか、私共にかけてくださる神様の思いが、いうなら、親の思いが分かって、そこから翻然とした信心が出来てくる所から。
 今天地の開ける音を聞いて、目を覚ました時だと思うです。昨日は、美登里会の方達に、まあ色々あの、お話を聞いて頂きました中に、今日に生きる金光大神。これはあの放送講和集です。本部から送ってきた十五分づつぐらいの、あのあれがあると中の読ませていただいて、私はいつも皆さんに言うておることだけれども、これは素晴らしい表現だからと思うて、そこの所だけはこう印を入れておいた。ちょっと読んでみましょうかね。道徳の世界ではなく、信仰による実践でありと。ね。
 神を生み出す道に生かされているという自覚から生ずるものでありますとこうあります。ね。金光様のご信心は、道徳ではないと言う事。同んなじ様な事であっても、ね。道徳の世界ではなく信仰による実践であると。ね。これはどう言う事かと申しますとね。例えば親孝行しなければならないという、ね。これは道徳でも親孝行する事を矢張り説きます。ね。ほんなら私もここでは、ね。初めて参ってきた方達には、親孝行と言う事を説きます。ね。お先祖を大事にさせて貰う。ね。
 親を大事にさせてもらわなければおられないというような孝心、孝行の心というものが、ね。あの出来なければならないと言う意味の事を申します。ですから道徳的な考え方で、親に孝行するといたします。親は喜ぶ、自分も孝行すれば嬉しい。そこまでです。けれども同じ親孝行であってもね、教祖様がそう教えておられるから、親先生がそう仰るからと言うて、それを実践することになるとです。神の道を生み出してくる働きになってくるのです。そこが違うわけです。ね。
 そういう自覚からね。神を生み出す道にいかされているという自覚から、それは生ずるものである。次に神を生み出すような、交わりを深めていく姿勢で、絶えず神の教え信仰の道に照らしつつ、自ら幸せへの生き方を身を持って実践したのですと。これは教祖の事を言ってあるわけです。どういう場合であってもね。必ず神を生み出すという生き方を求めていったというわけです。いうならばどういう場合であっても、答えは有難いという答えを出していったという生き方なんです。
 これは金光大神と交際ね親子の交際ね。隣人との交際夫婦との交際、そういう意味テ-マで話してあるわけです。ね。そこには金光大神の場合はどんな場合、例えば親子の関係の場合であってもそうです。なら子供がいう事を聞かない。だからまあこれはまあ、自分のね。若い時なら若い時の事を思うて、もう親が辛抱するより他にはないと言うて、親が、ただ辛抱しておるというだけ。だから形の上においては、親子仲の良いように家のなかは、こっとりとん言わんと言う様な感じなんです。
 子供がどんなに例えば親不孝しても、黙って辛抱しておる。親が犠牲になっておる。ね。ただ辛抱しておるというだけ、同じ交際であってもね。義理とか人情とかと言う様なものが出て参りましてもそうです。もう義理だから泣く泣くでも付き合わなきゃならない。というようなものではない。金光大神の場合はそういう時に、必ず答えには有難いものができてきておるという事なんです。それはどう言う事かと言うとね。子供が言う事を聞かないね。おかげで信心が出来ますと言う事なんです。ね。
 そこに私は信心の焦点というものをです。ね。間違いない生き方は、只今ここに読みましたような事になってくるです。天地の開ける音を聞いて、目を覚まさして頂いての頂き方という事の中にはね。ただ自分を犠牲にすると言った様なものではないです。必ずもうその時点で、有難いというものを生み出していっておる。そこに神を生み出すような交わり、神を生み出すような交わりでなからなきゃいけない。
 絶えず神の教え、信仰の道に照らしつつ自ら幸せへの生き方を身を持って実践した。そういう生き方こそが幸せな生き方だという事ですね。子供がいう事を聞かんもうこれは、人に言うたってのんぼり向いて唾はくごたるこっじゃからね。もう自分だけがじっと親が辛抱しときゃええと言う様なもんじゃないね。子供がそうであればあるほどですね。おかげで信心が出来ますと言う事。次にはもう神の道を生み出していく。そこにはかげを親子共々、助かって行く様なおかげが現れてくる道があるのである。ね。
 いわゆる根本的な信心勢というものができておらなければ。いうならば今天地の開ける音を聞いて、目を覚ましておかなければ、そういう頂き方は出来ませんよね。ただなら子供が、その親孝行になりますよとか、又は子供が立ち直りますようにと言う事ばっかりです。ほんなら願うて願うて願い抜いて行って、おかげ頂いたとしても、それはご利益だけです。自分の心のなかに神を生み出しとらんでしょう。
 けれどもその例えば難儀な問題なら、難儀な問題を通してです。その難儀な問題が、どうぞどうぞ、おかげになりますように、おかげになりますようにというのは、信心はしておっても、開眼今天地の開ける音を聞いて、目を覚ましたという生き方ではないと言う事です。ね。けどもその難儀な問題なら難儀な問題を通してです。おかげで信心が出来ますという所に所謂神の心を分かって初めてそれが言えるのです。ね。
 氏子の苦しみは神の苦しみと仰るがです。私共が難儀のこう一番難儀をしておる時にです。本当に自分も苦しいけれども、親神様はもっともっとこのことで悲しんだり、苦しんでおって下さるんだと思うから、相すまんという心も生まれてくるのですね。親の心は神の心が分からなければ、そこに有難いとか済みませんとかと、言う様な心が出てこないね。どうぞこの難儀から抜け出させて下さい。どうぞどうぞと言うて願うて行く。そんなら一つの念力なら念力をもって。
 ほんならおかげを頂いたと致しましてもです。それはおかげを頂いたという有難さだけです。ね。金光大神はそういう生き方はなさらなかった。ね。それでは幸せと言う事ではないでしょうが。おかげ頂いた時には幸せのごたるばってん、おかげ頂くまでが幸せじゃないでしょうが。どうして家にはほんなどまぐれ息子が出来たじゃろかとか。どうしてこういう難儀な事になってくるじゃろかと、その間は不幸せでしょうが。ね。けれどもその事のおかげで信心が出来ますと言う所。ね。
 これは根本的な信心が言うなら、開眼しておらなければです、頂ける事ではありません。私共の生き甲斐のいうならば支えがです、ね。そういう幸せをその都度都度に生んでいく。いわゆるそういう都度都度にお徳を受けていく。ね。ただおかげだけではなくて、そういう難儀なら難儀な問題を通して、それがそのまま徳になって行く様な生き方をです。生き甲斐としていくならばです。ね。
 それこそまあ、小野田さんと、横田さんの相違が感じられるような、結果になってくると思うです。ただ一生をです、ただほんならおかげおかげで、がむしゃらに只生の執着というふうにお二人の場合申しましたように、只おかげへの執着だけがです是はもう、一生おかげというものは頂かんならんもんですから、一生おかげおかげと言うて、おかげの亡者にならなければいけません。ね。
 そして締めくくってみたときに、只おかげは頂いて来たけれども、あの世に持っていくものも、この世に残しておくものも無かったと言う事になります。私共がです親神様のお心が分かって、親神様の心に対しての生き方。そういう信心を求めて行く所にです。神を生み出していく働きまたは、その時点で幸せを感じられる。有難いとね。苦しいけれども有難いという、その有難いを積み上げて行く事が出来るのですね。
 信心しておるから、開眼しておるという事じゃない。金光様の信心な有難いと分かっただけではいけない。ね。金光様の信心の有難いとは、そういう天地を貫くほどしのです、ね。教えであると言う事を、私共が身を持って実践して、身を持ってそれを現していくと言う所に、金光様のご信心の素晴らしいと言う事が分かったという人と言えるのじゃないでしょうか。ね。そういう信心のいうならば支えをです。おかげに置くか、ね。神様の思いが分かって、それに沿うていくと言う事に焦点を置くか。
 いわゆる自分本位の信心か、神様本意の信心かと。ね。と言う事を一つ自分自身の信心を見極めて、ね。そして開眼のおかげを頂かせて貰うたら、ね。有難い信心が。いうなら、おかげが進んでいくのじゃなくて信心が進んでいく。勿論これに伴う所のおかげはです。それこそ私共が神様のためへの、一握りの信心をさせて頂いたら、ね。神様もまた氏子の為に一握りのおかげを下さった。
 同じ一握りであっても人間の一握りは、是だけだけれども神様の一握りは、どれだけあるか分からんというおかげの世界に踏み入らせて頂くおかげを頂きたい。それには先ず天地の開ける音を聞いて目を覚まさなければいけない。開眼しなければいけない。そこから本当のいうならば思い込みというかね。いうなら姿勢が第一変わってくると思うですね。小野田さんの場合。
 あだ軍人時代という姿勢というものを全然崩してないね。それであの敬礼をなさっておられるあの、して、命令を受けておられるときの、あの写真が出てますでしょう。こらもう見事ないわゆる、三十年前と一つも変わらないあの、敬礼の姿勢というものを、一つも崩しておられない。ね。今日はそういう意味でね、横田さんと、小野田さんの、同じだと、横田さん自身は言っておられます。
 けれども成程あの生き抜いたその、気迫というかそういうものは確かに同じであるけれども、片一方の小野田さんの方の場合には、ね。いうなら軍人精神が叩き込まれておって、その、それを遂行すると言う事に、一つの生きる支えになっておったと言う事。信心させていただいても、只おかげを頂くと言う事は、ほんなら同じであってもです。ね。神様本位でおかげを頂くか、自分本位でおかげを頂くかと言う所にです。ね。今日の御理解の決め手があると思うです。
   どうぞ。(横田さんとありますが、正しくは。横井庄一さんです。)